死の知らせ

早朝電話が鳴った。緊急な連絡というのにいい知らせはあまりないということを経験上言葉にせずとも知っているのだろう。いい予感はしなかった。病院からだという。そしてiakapaが死んだと告げられた。彼女のかわいがっていた子猫にもそれがわかるのか、小さい目で私を見上げて足元を離れようとしない。iakapaはお腹が痛いとおへその周りをこすりこすり、つい先日入院し、つい3日前病院で話したばかりだった

iakapaの死の知らせは、打ち鳴らすガラムの音となって、小さい村中に広がっていった。庭の木陰には人々が集まっては去ってゆき、賛美歌を歌っては去っていき、狭い我が家は次々と訪れる人々の泣き叫ぶ激しい嗚咽と悲しみの声に包まれている。悲しいのは私たちだけではなく、数百という人たちが涙を流してiakapaの死を悲しんでいる。どれだけ、彼女が多くの人に慕われていたのかが痛いくらいに伝わってくる。細い体ではあったけれど、気丈な人だった。弱いところを感じさせなかった。だから誰も彼女の死を予測できなかった。どれだけ痛かったのだろうか。病院での死は淋しかったのではなかろうか。お見舞いに持っていったチョコレートを食べてくれただろうか。有難い、もったいないといって取って置くような人だった。こちらへ来て、一番慕う人だった。私たちを静かに愛し、大切にしてくれた。彼女のあからさまではない、さりげない気遣いや優しさが好きだった。言葉を多く交わさなくても、それはいつも空気のように自然に体の中に沁み込んでいた。

死の知らせから24時間が経つ今も、まだ彼女は病院の霊安室で眠っている。暑い我が家へ帰れば、体の傷みを早めてしまうので、方々へ散らばっている彼女の息子たちがここへ来るまでは連れて帰れない。帰ってきたならば、言い足りなかったボイナトゥナをたくさんたくさん言いたい。今日も朝から人々の泣き声が絶えることはない。もう彼女のココナッツを削る音で目が覚めることも、聞きなれたほうきを掃く音を聞くこともない。おばあちゃんの味を食すことももう、ない。私たちの心は、未だ実感のないiakapaの死と、大きな喪失感に包まれている。




Good Wind


私たちの住むButuwinという地名は、もともとは英語のGoodWindから変化したもので、その名の通りとても気持ちのいい風が吹く。少し高台になったこの土地では、日差しをよけて一歩木陰にはいると、心地よい風たちがサラサラと汗を拭い去ってくれる。iakapaはGoodWindの吹き抜ける小高い場所に埋葬された。

嬉しかった。空は悲しみの底が抜けるような青空だった。熱い太陽は人々の頬に後から後からこぼれる涙を蒸発させていった。墓の上に敷かれた虹色の布の上には、村中の人たちが持ち寄った花々が飾られ、iakapaの墓は様々な色の花に埋め尽くされてとても明るい感じがした。iapakaの体の周りで、賛美歌はいつまでも歌い続けられ、目を閉じてiapakaになったつもりで聞いていると、まるで歌声は地面から突き上げるように、目には見えない形となってiapakaの体をしっかりと包みながらぐんぐん空へと運んでいるように思えた。彼らの考えでは死後3日目に天国へ辿り着くという。埋葬は5日目のことだったから、すでに天国に辿り着いて聞いていたのかもしれない。遠慮がちの彼女にとって、こうした大掛かりな葬儀は照れくさかったかもしれないけれど、きっと喜んでいることと思う。彼女の死の知らせの朝から始まって、5日間に渡り、家へ来る人の列が消えることはなく、毎夜100人単位の人たちが庭に集まり夜が更けるまで賛美歌を歌い続ける。歌や悲しみの余韻に浸ろうにも、そのお客様への食事や飲み物の準備で私を含める家族たちはとても忙しく過ごすことができた。今夜6日目が最後の賛美歌隊の訪問になる。そして明日の朝、村中の人たちを一同に集め、iakapaと家族たちの貝のお金を人々に感謝の意を込めて配り、彼女が無事トゥンブナ(祖先)の場所へ行き着くようトーライの精霊トゥブアンを呼び、ミナマイという最後のセレモニーが行われる。それで一週間にわたる一連の死の儀式が完了する。

初めて彼女の部屋に入った。もうすっかり片付けられていて、彼女の遺品らしい遺品は既に家族の者たちが引き取ったようだった。子猫たちも形見として方々へ連れて行かれる。ふと目に入ったのは私たちがクリスマスにあげたプレゼントの包み紙だった。大切に折りたたまれていた。そういう人だった。iakapaとの風景を思い出すたびに目の奥がカッと熱くなってしまう一方で、彼女はこれだけ多くの人たちに愛され、そして大往生したことを嬉しく思うことにも変わりはない。





生まれてくるもの

ちびすけが初めての出産をした。おばあちゃんの死からちょうど一週間、すべての儀式が終了した翌日の出来事で、集まっていた人々もそれぞれの土地へ帰り、我が家が落ち着きを取り戻すのと同時に、淋しさがくっきりと際立って、空っぽな気持ちになっていた時だった。ちびすけはまるでそれを知っているかのように、この日を選んでくれたみたいだ。授業から戻った私を待ち構えるかのようにゴロゴロと甘えだし、ベットの上に横たわり、苦しみ始めるとすぐに、私の腕の中で一匹、また一匹と時間を空けて4匹の小さな小さな赤ちゃんをこの世に運んだ。赤ちゃんが無事生まれてきたのが嬉しかったし、安心できる場所として私の腕の中を選んでくれたのも嬉しかった。まだまだ子どもだと思っていたちびすけが母親になり、へその緒の切り方からミルクのやり方まで本能が自然と導いてくれるのがとても神秘的で、そしてジンときた。

去り行くもの、生まれてくるもの。命の重さを、目の前で、心と体で、しみじみと感じた一週間だった。


へその緒でつながってるふたり



貝のお金


トーライ族の間では、彼らの言葉でtabuと呼ばれる貝のお金が現在でも現役で流通していおり、特に葬儀や婚礼などの通過儀礼、マーケットや授業料などに使われている。葬儀では参加した者たちに貝貨が配られるので、それを狙って小さなマーケットが開かれる。マーケットといっても、儀式に参加しながら目の前にバナナの葉を敷いて、そこにお菓子や果物を広げる程度のものだけれど、貝貨を集めるのにはいい機会らしい。貝貨は儀式でなにかと必要なので、みな機会のあるときにできるだけ集めたいのだ。そこで私も流通の輪に参加。分けてもらった貝貨でまずアイスクリームを買ってみることにした。「Em i hamas?(いくら?)」と聞くと、「10」という。それは貝100粒です、ということらしいので、木のつるにつながれた小さなナッサ貝を100粒数えて渡す。おお、アイスクリーム購入に成功。ここの社会ではごくごく当たり前の行為なのだろうけれども、外国人の私には貝でものが手に入るというということがとても珍しく、なんだか楽しく、素直に感動してしまう。やぁやぁ、もっとお買い物してみようと、次にスナック=貝60粒。ランブータン5つ=貝20粒。
食べ物をもぐもぐしている間も、ビックマンたちによるスピーチは続き「若者よ、我々の伝統を受け継げ」と叫んでいた。ひとつの国家としてキナが正式な通貨となった今でも、こうしてトーライ族独自の文化であるtabuを使い続けるところに彼らの強いアイデンティティーの主張を感じる。tabuはいわゆる伝統文化というものを構築している重要なアイテムとして彼らの中でも意識されており、儀式で使うことによって既存する社会関係を保つためだけでなく、日常生活の通貨としての利用機会を広げようとする動きさえある。ともあれ、私個人ののんきな感想としては、貝でお買い物ができるなんて、なんだかいかにも南国の伝統らしく、なんとも言えぬ風情があってステキだなぁと思うのでした。





シンプル考

テーマは「シンプル」だった。パプアニューギニアには「素朴な人」「シンプルな人」たちがたくさんいるという話から始まった。例えば目の前にある木を指差して、「あれは何?」と聞けば「あれは木だよ」と大真面目に答える「シンプル」。おそらく聞いた側としては目の前にあるものは木だということくらいは当然わかっていることで、「あれは○○の木」という答えを期待するだろう。「あれは木だよ」と答えたパプアニューギニア人は、目の前に見えるものが木だからそれ以上の答えがありようもなく、シンプルに「木だよ」とだけ答えたのかもしれない。それとも本当は指差された木にどんな花がいつ咲いて、どんな実がなってそれがどんな味がして、熟れ時がいつで、どう食べたらおいしいのかまですべて知り尽くした上で、「あれは木だよ」、とだけ答えているのかもしれない。木に向かって「あれは何?」という質問をした相手をおかしな奴だと逆に思っているかもしれない。

「シンプル」とは一体どういうことだろう?入り組んだところや変化・屈折が無く、ごちゃごちゃしていない様子というのが一般的な解釈だと思うけれど、パプアニューギニアを紹介する表現としてよく聞く「素朴な人たち」という言葉も含めて、外から見たこの国のイメージというのは、心豊かな発展途上国という見方、またそうあるべき、と思われているように感じる。訪れる観光客の人たちに、人々が裸ではないといってがっかりされ、道路が整備されているといって期待はずれだと言われることもよくある。そう言いながらもホテルでお湯が出なければ怒るのだ。いわゆる先進国と呼ばれる場所からやってきて、原始的な文化、シンプルな思考をする人々の存在を大いに期待しているところが自分を含めてあると思う。それは特別意識していないレベルであるかもしれないし、ネガティブな意味ではないかもしれない。そうであったとしても、違う場所の違う文化に暮らす人たちを自分の所属する文化の物差しで計って、どのような方向であれ優劣を考えるのはおかしなことだというのは考えればごく当たり前のことだ。それに先進国、発展途上国というカテゴリー自体、誰が考えたのか、ということにもなる。パプアニューギニアに関して面白半分で作られた偏ったメディアの情報を真に受けすぎるのも問題なのかもしれない。

実際一緒に暮らしていれば、人々は素朴、思考がシンプル、と思うよりも逆に、自分と似ている部分を発見し、考え方やモラルに違いがあったとしても、私たちと同じようにいろいろなことをいろいろと考え、悩んだり、泣いたりもしていることは当たり前の日常であるということを知る。誰かに作られた先入観やイメージに左右されることなく、同じ人間としてリスペクトする気持ちを持って接することは大切なことだと改めて感じる。こうして発信しているパプアニューギニアからの情報源のひとつとして、こうした文化や人々の表現に敏感でありたい。





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